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べんきょうしよう

映画と音楽とアイドルと

2016年ベスト映画

2016年ベストシリーズ。毎年映画はそれなりに見る機会は多いのですが、NetflixAmazonプライムビデオなどが出てきて、DVDをレンタルする機会が減りました。その分、映画を観る本数自体は増えるかもと思っていたのですが、いつでも観れる=いつ観てもいもいい=観なくてもいい 感覚というか、色々なサービスはあるのにもかかわらず、なかなか映画を観なくなってしまいました。

その分、わざわざ映画館に足を運んで映画を観るという機会が増えました。今年は、話題になった映画も多かったので、そういったものをチョイスするというようなありきたりなランキングになってしまいましたが、私自身の2016年の「記録」として、このランキングをまとめておこうと言った感じです。

せっかくそういった趣旨なので、2016年の映画を選ぶというよりは、「2016年、映画館で観た映画」を選ぶことにしましった。なので2015年あたりのも少し入っています。

10本に絞ってしまうのは悲しいほど、今年は良い映画に沢山めぐりあいました。DVDなどで掘っていて良い映画に会うということは多くありますが、その年、その瞬間の映画館という空間で出会うという経験は多くなく、そういった巡り合いは、とても幸福だなと思います。全部邦画です。もっと観たかったー。

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2016ベストおんなのこランキング

今年もやりますー。詳しくはまっつくんのブログを。

 
去年のランキング。
私は「今年知った女の子」あるいは「今年好きになった女の子」から選ぶという新人賞的なやつってことで。去年同様、迷って11人になってしまいました。今年良かった人総合に関しては、「ドラマランキング」作って「俳優ランキング」の中で改めてやります。では。

【音楽】私が見てない90年代

1990年代の好きなアルバム50枚を選ぶのが流行っているみたいなので、私もやってみました。

ongakudaisukiclub.hateblo.jp

私は1990年代生まれなので、選んだアルバムたちをリアルタイムで聴くためには少し幼すぎました。ここで選んだアルバムたちは、音楽を好きになったあとで、もしかしたら2010年代に入ったくらいになってやっと聴いたアルバムたちです。まだ一桁台の年齢の私は、シングルをまとめたMDか、父親の部屋から流れる旧い洋楽ばかりを聴いていて、これから並べるようなアルバムたちを聞く機会なんて無かった。当時の空気は勿論わからないし、何かを見て掘るわけですから、このリストは偏っているものになっていると思います。

偏っているかもしれないけれど、きっと悪いものじゃないと思います。音楽を掘って聴くようになって、90年代の音楽を聴いて、80年代や70年代の音楽を聴いて、60年代の音楽までたどり着いたけれど、結局私が落ち着いたところは90年代でした。勿論今の2010年代の音楽も好きだし、2000年代は日常的に音楽が流れていて意識していたけど、私は私が生まれた90年代のこの音楽がいちばん好きです。学校の休み時間や放課後、聴いていたのはこの時代の音楽でした。

90年代は見ていないんですけど、90年代の音楽が大好きな人のリストなので、お暇なら見てください。このリストは殆どは他の人の選んだものと同じかもしれないけど、少しだけ違う。私も皆さんのが見たいです。90年代を知っている人、知らない人、皆さんのも教えて下さい。

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エッセイを読む

年々、何故か小説が読めなくなっているので、最近の読書と言えば専らエッセイということになる。

エッセイはいい。無理に何かを想像したり、頭の中で動かしてみたりする必要がない。極端な話、内容がわからなくてもいい。普段誰かの話を聴くときのように、聞いているか、聞いていないんだかって感じで、なんとなく読んでいればいい。興味のない腕時計の話ばかりしてくる上司の話は、無理して聞かなくてはならないが、エッセイなら、それもない。やめたきゃやめればいいし、なんなら飛ばせばいい。

ただ、ぼんやり話を聞いているときと同じで、適当に読んでいるからといって、自分にとってどうでもいい無駄な時間かというと、別にそんなことはない。案外、そういった中に、自分自身の考えを形作るものや、勝手に何かの指針となる言葉があったりするものだ。

また、どうでもいい話を聞いていることがきっかけで、別の大事なことをふっと思い出したりするものだ。「あ、電気料金の払込今日までだったな」とか。違うか。

 

この前は、北川悦吏子のエッセイを読んだ。

恋愛道 (角川文庫)

恋愛道 (角川文庫)

 

 あの恋愛ドラマの女王が書くエッセイだから「うわ!モテそう!」みたいなところばかりかと思ったら、案外そんなこともないというか、北川先生に失礼だが「うわ!なにそれ!もてなそう!」みたいなものも意外とある。恋愛ドラマを作るということは私たちが勝手に「高橋一生くんかっこいい・・・!あんなことさせたい!きゃっきゃっ!」みたいに考えることの延長線上にあるのかもしれない。

でも、このエッセイの中心に出てくる大学時代の北川悦吏子は、やっぱりもてそうというか、本人が書いているのになんとなくかわいらしくて、それなりにもてるんだろうな、というような気がする。女性のエッセイを書く方にありがちな、男性に対して辛辣でわがままと言うか、腹黒いところも赤裸々に厳しく書いているのに、それでもなんだか憎めないというか、そんな感じが出ている気がする。

まぁ実際、北川悦吏子がどんな大学生だったか、もてるのかもてないのか、そんなことはわからないし、それはどうでもいいのだけど、やはり、読み進めていくとエッセイを読むのは面白いな、と思う瞬間がある。

エッセイを読むことは、人の世界に触れることだ。それは、のめり込んで没頭してしまう場合もあるし、そっと触れて心温まる場合もある。でも最初は、なんとなく話を聞き流すように読んでいて、それでも気づいたらその世界に入っているものだ。聞き流したようなままずっと最後の方まで読んでいって、「ふーん、そうなんだ」くらいのこともあるが、それはそれで趣というか、らしい世界との触れ方だとおもう。

このエッセイは、中学の時、自分自身に近いなんて勝手に思いながら、熱中していたオーケンのエッセイとも違えば、遠いけどドキドキして憧れる坂本真綾のエッセイとも違った。インドを旅行すると行ったような、遥かに遠くの場所の話でもないけれど、北川悦吏子のエッセイは、自分とは遥かに遠い、でもこの世の中のどこかにあるところのお話を書いたエッセイのように思えた。それは、時代が今と微妙に離れているというのもあるのだろうけど、知っている東京の街などを書いているのに、やっぱり遠くに感じた。でも、こんな風に自分が普段感じない、接触しない、でも案外自分の近くにある、自分と違った世界を感じられる、体験できる、これはエッセイを読む楽しみの一つだなと思う。

そして、もし、この北川悦吏子の世界の中に私が出てくるとしたらどのようにでてくるだろうと考えた。こうなると北川悦吏子は現実の世界を文字にしているはずなのに、まるで空想の世界のようだけれど、私にはきっと、彼女と上手くやる男として出てくる隙間はないだろう。だからといってなんか残念な男の域にも乗れる気がしない。きっと「大学時代、きっと私のことを好きだった男の子がいた。」みたいな感じで出てくるんだろう。「でもその男の子とはなにかがあったわけじゃなくて、数回映画を見に行っただけなのだけど。」多分こんな感じだろうか。

私は、そんなことを考えると同時に思う。人には、それぞれきっと役割があるのだ。身の丈もあるのだ。私は「きっと私のことを好きだった男」で、友達のKくんは「私が、実は中学時代好きだった子」Wくんは「3ヶ月だけ付き合った子」みたいな感じ。そしてこのことは空想ってことじゃなくて、私が人生で出会う誰かの中で、私は「きっと私のことを好きだった男」なのだ。反対に切り取る世界が変われば、見え方も変わる。オーケンのエッセイみたいに考えて、私の視点でその女の子を見れば、彼女は「グミチョコの美甘子のような娘」かもしれない。そう考えると、私の友人の世界は、どんなのなんだろうと気になってくる。反対に、私の世界は何なのだろうとも思う。私はそんなことを考えながら、今日もエッセイを読んでいる。

神菜、頭をよくしてあげよう

神菜、頭をよくしてあげよう

 

 

 

 

 

他人と歩く、ということ

人は旅に出る。人は旅行をする。

もしも休みが貰えれば、ちょっとヨーロッパにも行ってみようか。
 
私は海外旅行をしたことがないのだけれど、海外旅行というものを、羨ましく思っている。
「パリの街で、〜に入るのが日課だった」みたいな、海外旅行やホームステイ、留学などのことを思い返したツイートを見ると、とても素敵だな、と胸がきゅーっとする。
 
旅をすること、とは記録を残すことだと思う。
パリの街並み、ハワイの海、沖縄の海、京都の街並み、大阪の通天閣……。
今の時代、どんな場所も行かなくてもすぐに調べることができるし、どんな場所も知識だけなら、行った人よりも深くつけることが可能かもしれない。VRなどがこれから発展したら、行かなくても体験が出来るようになるかもしれない。
でも、旅に行くと、その街は、知らない街から、行ったことがある街へと変わる。それは、その街に初めて行った時や、体験したこと、感じた時の記憶を残すということである。
 
例えば一度パリに行ってしまえば、二回目に訪れた時、初めて訪れた時のことを思い出す。はじめての海外で不安だったこと。道もわからなくなって言葉も通じなくて不安だったけれど、なんとか身振り手振りで伝えたら、伝わったこと。その後に食べた夜ごはんに、信じられないくらい感動したこと。再びその街を歩いたときに、その時の感情が、その時の空気やにおいと共に思い出される。それは、その街に記録を残すということだ。
 
私はまだ海外に行ったことがないから、旅ものエッセイを読んで、気を紛らわせている。行けば良いのにね。
 

 

 

 

from everywhere. (星海社文庫)

from everywhere. (星海社文庫)

 

 

 

 

 
特に海外旅行などの強いインパクトを持つ、文化的、物理的にも距離の離れた場所へ行く旅行は、嫌でも街に記録を残す。国内旅行でも、旅の中で特殊な経験や体験をしたり、感じたことがあれば、それはしっかりと記録になる。けれど、普段歩いている街や、駅や、道は記録になりにくい。その街を離れてしまった時に、大きな時間の集合体として、記憶に思い出されるだけだ。
でもそれはひとりで歩いた場合で、もしかしたら平凡な道や街でも、「他人と歩く」ということは、それが例えば散歩や小旅行だったとしても記録に残す、ということになるのかもしれないと思ったりもする。
 
浮間舟渡という街がある。赤羽の隣にある、ギリギリ東京都、ギリギリ埼玉ではないところにある街だ。とても退屈していた高校生の私とその友人の鈴木くんは、ある休みの日にちょっとどこかへ行こう、と言って向かう先も決めずに集まった。そして都区内きっぷというのを買った。そのきっぷは、東京都のJR線ならどこでもそのきっぷだけでいけるというものだった。北千住、赤羽、蒲田、新橋、渋谷、県境や路線の境として、印刷されてある駅の名前。なんとなく知っている駅の名前たちの中に、浮間舟渡、彼はひとり異質な空気を醸し出しながらそこにいた。
鈴木くんが「なんて読むの?浮間舟渡?……ってどこ?」と言った。そうして私たちの行き先は決まった。
到着した浮間舟渡という街は、思い入れさえなければ、特筆することのない街だった。江戸川沿いに、団地が続いている。駅の近くにある公園に入ったら、何故か風車が立っていた。やることも特にないので、そのあたりを歩き何枚か写真を撮った。その後はどうでもいい話をしながら、河川敷をずーっと歩いていた。
浮間舟渡という街が、それほど魅力的な街かどうかは私にはわからない。けれど、鈴木くんが「浮間舟渡ってどこ?」と行った瞬間から、その街は私にとっては名前のない街ではなくなった。その街で風車を見てから、私の中には浮間舟渡の記録が残った。そのあたりを電車で通るだけで私はその散歩のことを思い出す。
 
もう少し普通の街でもいいのだ。私にとっては有楽町と京葉線東京駅のあたり、東京国際フォーラム付近のあたりは、初詣をするために待ち合わせをした場所だ。九段下駅のまわりの道は、ファミレスで打ち合わせをしたあと、なにもまとまらないでぐるぐると歩いた道だ。誰かと一緒に行った場所は、記録になる。他人と歩くということは、記録を残すということだ。その人との記憶や、思い出やにおいを残すということだ。初めての恋人と行った喫茶店。サークルのあと、何故かお酒を飲んで歩いた駅までの道と駅からの道。中学生の頃、何故かそこでずっと止まっていた歩道橋の上。恋人にふられたなんでもないチェーンの居酒屋。他人と歩くということは、名前のない場所を減らしていくことだ。また行きたい場所や、行きたくない場所を増やすことだ。行くたびに何かを思い出す場所を増やすことだ。全部が特別な場所になっていく。知らない場所が減っていく。これからもそうやって生きていくのだと思う。

 

 

 

深夜特急〈1〉香港・マカオ (新潮文庫)

深夜特急〈1〉香港・マカオ (新潮文庫)

 

 

 

 

フリースタイルダンジョンを観ています

大ブームですね、フリースタイルダンジョン。いつからかわからないけど私もブームに乗って見始めました。ちょうど半年くらいかな。見始めた頃はYouTubeにまだアーカイブが残っていたので飽きずに全部観ちゃいました。

ヒップホップはあんまり詳しくなくて、最初は小中の頃にRIP SLYMEを好きになり、そこからKREVARHYMESTERとかZEEBRAをちょっと聞いた程度。ラップって面白いなぁと思って、ちょっと頑張っていとうせいこうを聴いて「ジャーナリスティックでさいこう!」と感動した覚えがあります。そこからキングギドラの「空からの力」までは聴きました。でもアングラ的なイメージもありそれ以上はあまり聴けなかったのですが、そのいとうさんが出ているということも後押しになりフリースタイルダンジョンの視聴に至りました。

一応、軽く説明すると、フリースタイルダンジョンとは、テレビ朝日の音楽番組で、有象無象のラッパーたちが、「モンスター」となるラッパーと即興(!)でラップを使って、口喧嘩?をして、勝敗を決めるというフリースタイルでバトルをして、勝ち抜きを目指すという構成になっています。

それで、まだ全然詳しくない今の時点の私が、フリースタイルラップバトルについて「ここがおもしろい!」「私はここが好き!」って思ったところを忘れないようにメモします。

※9月14日のフリースタイルダンジョンの感想を含みます

 

思ったこと:どうも、「ライム・フロウ・パンチラインバイブス・風格・対話・即興力」みたいな要素でバトルしてるらしい。(他もあるかもです)

「ライム」っていうのは、韻のこと?韻を踏むことみたいです。ある種の基本じゃないでしょうか。ある種のラッパーの特殊技能的な側面があるだろうし、単純に韻を踏んでいると聴くほうが心地いいです。かっこいい韻がビシっと決まると最強に気持ちいいです。「フロウ」というのはリズムに対しての言葉の乗せ方?なのかな。これも心地よくリズムに載せていると気持ちいい。

パンチライン」は決め台詞的な、最高にかっこいい言葉のラインです。これはヒップホップだけじゃなくて、普段のツイッターとかでもふらっと現れてパンチライン炸裂させるひとっているなって思ってます。なんか上手いことを言えているってことなのでしょうか。

バイブス」っていうのは、言葉に感情とか熱量をどれだけだせるか、っていうものみたいで、単純なようにみえて、これが一番「すげえ・・・」って思ったりします。よく若者が言う「エモい」っていうのとおんなじ気もします。「風格」っていうのは、説得力というか、ヒップホップの競技なので、ある種の「生き様」っていうのも採点要素に入っているみたいで、例えばチャラチャラしたやつが「ナイフ隠し持つ」と歌っても説得力がありませんが、MC漢さんみたいなひとが「ナイフ隠し持つ」といったらかっこいいです。説得力があります。

それとフリースタイルバトルっていうのはラップを使った口喧嘩らしいので、勿論「対話」能力も求められます。相手の言ったことにしっかり返せているか、説得力のある言葉を言えているか。8小説のうち一部に返す場合もありますし、全部拾っていく場合もありますが、後者は対話能力の高いラッパーということでしょう。そして、即興バトルであるので、「対話」などを含め明らかに即興であるラインは評価されるわけです。その場にしかないもので韻を踏んだり、アクシデントをネタにしたり、かかっているトラックを引用して踏んだりして「即興力」を示すと、評価されているイメージがあります。

私が面白いと思ったのは様々な理由があるのですが、その中でも、これが大きな2つの要素を含んで絡み合っている点に惹かれました。

 

良いなと思ったところ:「ヒップホップ」と「フリースタイル」のアイデンティティ

どうも、この即興でラップでバトルするという「フリースタイル」は、初めはヒップホップをやるラッパーが「こんなおもしろいこともできるよ!」という特殊技能を生かした遊びとして始まったみたいです。*1 そんな難しい説明をしなくても、即興でその場で韻を踏んで言い合ってるだけで最初は「すげえ!」となります。そういうことです。初めてRHYMESTERの曲を聴いた時、そのスキルだけで「凄い」と思いましたが、韻を踏むということを即興でできるわけです。すごいしかっこいいじゃないですか。ただ最初はあくまで「遊び」だったわけで、バトルしている人はラッパーとしての特殊技能を持つことが求められていたわけです。これが韻を踏むこと=「ライム」だったり、かっこよくリズムに乗ること=「フロウ」だったりするわけです。それから、ラッパーらしくあればあるほどいいわけですから「風格」みたいなことは勿論重要です。これが「ヒップホップ」のアイデンティティです。*2

そこから、「フリースタイルバトルは面白い!」ってことで、ある程度競技として独立して、発展していくわけです。そうするとどうなるかっていうと、「韻を踏むのって凄いの?」ってなっていくわけです。つまりどういうことかというと、あらかじめ考えてくれば、韻は踏めてしまうわけです。一見即興のようには見えるけど、かっこいい韻を踏むことにこだわって、上手く「ネタを仕込んで」来るわけです。今日(9月14日)のフリースタイルダンジョンでも、そういう話が出ていました。そうすると「対話力」「即興力」が大事じゃない?韻をかっこ良く踏むだけなら、バトルじゃなくともいいでしょ、音源でいいでしょ、ってことです。ということになっていきます。これが「フリースタイル」のアイデンティティじゃないかと私は思います。

私が面白いと思ったのは、この2つのアイデンティティのぶつかり合いとか、交じり合いです。価値基準が一つだけであると、いかに上を目指すか、みたいな競技になってしまいますが、必ずしもそうではない。色んなスタイルのラッパーがいます。例えば、「ライム」が固いラッパー。魔法のように音をはめる「フロー」が上手いラッパー。相手の言葉をひたすら拾って返して、「対話」していくラッパー。韻を固く踏まなくてもいいという価値観があると、韻を踏む代わりにいかにかっこいいラインで返すか、という「パンチライン」がすごいラッパーというのも出てくるみたいです。そして、それらがじゃんけんのように、様々にからみ合って戦っています。一人のラッパーが「お前のラップ全部ネタ仕込んでる」とふっかければ「いやお前はそもそも韻が踏めてねえ」とかえしたり。この価値基準が一つだけだと、より固い韻のほう、あるいは対話が上手いほうが強い、ということになりますがそうはなりません。また勿論一点特化だけじゃなくて、このすべての要素のバランスで、どれくらいライムを固くして、どれくらい対話するか、とか、フロウを重視するか、ただ時にはそれから外れてもバイブス満タンでことばを放つか、みたいにさじ加減は様々です。戦ってみるまでわからないようなところがありますし、Aで負けてもBで勝つ、みたいなのがあるから楽しいです。

 

とはいえ:好きなラッパー

ただ、初心者であると、誰がいいラッパーか、上手いラッパーかっていうのが、だからこそわかりづらくて難しいです。初心者はやっぱり耳障りのいい、韻を踏めているのを明らかに「かっこいい」と思ってしまうわけです。それで例えば「スナフキンさんかっこいい・・・」となって見にいくと「明らかにネタだろ・・・」「ネタクソだな・・・」みたいなのがコメント欄とかに書かれているわけです。コメント欄にかかれていたって好きなものは好き!でいいのですが、最初は「完全な即興!」と思って聞いているわけで他の動画などをみて同じラインがあるとテンション下がるわけです。それで揺り戻しで対話が上手いラッパーさんや、パンチライン重視のラッパーすごい!ってなるわけですが、それはそれで耳の心地よさとかライムに対する感動にものたりなさを感じます。完全な即興でも「だけれど」とかが繰り返されるよりは踏んでたほうがかっこいいなとか思っちゃうわけです。

本日の放送で、ダースレイダーさんが言っていたように、ネタを仕込むのも悪いことじゃなくて、スタイルだから、頭のなかに言葉のストックがあって、それを適切なタイミングで吐き出すのも技能(うろ覚え)的なことを言っていました。おお、それはなるほど!と思います。だから結局はバランスなわけで、「ライム」が固いことはある種「ヒップホップ」のアイデンティティを強め「フリースタイル」のアイデンティティを弱めているわけです。逆に韻をあまり踏まない対話型は「フリースタイル」のアイデンティティを強め「ヒップホップ」のアイデンティティを弱めているわけです。それはどちらも間違っていないわけで、聴くほうがどのバランスが好きかってことだと思います。

と、フリースタイルダンジョンを見だしてから、「フリースタイルバトルってなんだ?」「ヒップホップってなんだ?」「何が上手いってことなんだ?」となっていたので、今考えていることをまとめてみたわけです。

 

今のところは:DOTAMAさんが好き

www.youtube.com

今は相手に対して返すし、韻もそれなりに踏むし、パンチライン的なのもあるし、バランス的にDOTAMAさんが好きです。後々この好みがどう変わっていくか楽しみです。どのMCさんも見てて面白いんだけど・・・!

 

 

 

 

あと:ダースレイダー(審査員)最高

わかりやすくて最高です。レギュラーになってずっと解説してほしい。

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*1:韻を踏むことが特殊技能

キングギドラの「空からの力」が日本語ラップの押印主義を作り、その制約のもとでラップすることがアイデンティティとなったみたいなブログが面白かったです。あとこれ

*2:ヒップホップのアイデンティティの崩壊

MC松島氏が、ヒップホップの一要素であるフリースタイルが独立することによって、ヒップホップが本来の価値観から離れているというブログを書いていて、それは面白いなと思った。観ていて感じたのは離れているというより、「ヒップホップ」のアイデンティティと「フリースタイル」のアイデンティティのぶつかり合いなんじゃないか、ってのが今日のブログでもあるわけなんですが

最近聴いているもの①

2016年のいいところは、2016年の音楽も1990年の音楽も聴けることだと思います。年間ベストなんてやっていたけど、別にその年のばっかり聴かなくても良い音楽沢山あるからディグる作業も楽しくやっています。こういう私の備忘録もブログにしておこうかと。

 

アルバム

TIME TO GO - RIP SLYME 
Time To Go

Time To Go

 

youtu.be

夏になると毎年聴いているけど、ベストと近年のアルバムしか聴いてなかったんですよね。メロウって言葉を覚えたんですけど、メロウってまさにRIPじゃん!って思ってます。
 
 
 
THE SWINGIN' SIXTIES - the brilliant green 
THE SWINGIN’ SIXTIES
 

 

youtu.be

ブリグリのアコースティックセルフカバー。「冷たい花」がとても良い。
 
 
 
元気です。 - 吉田拓郎
元気です。

元気です。

 

 

加川良の手紙

加川良の手紙

フォークハマってます。このアルバムは昔から部屋に置いてあるアナログ。

 
 
 
 MIETA - 木村カエラ
MIETA(通常盤)

MIETA(通常盤)

 

youtu.be

 「Sync 」と「ROCK」までしか聴いてなくて、「出てるんだ〜」位な感じで聴いてみたらどちゃくそかっこいい。最高傑作かもしれない。

 

 

 

トラック

ねらいうち - 寺島由芙


 フェスの度にゆっふぃー最高だ!ってなる。アルバム出るのちょーうれしいんだけどこれは入ってないらしい。

 

 

 

復興ノ唄 - ゲルニカ


この前までソロかヤプーズの気分だったんだけど、ケラが舞台の挿入歌にしてたから久々にゲルニカに。そしてこんな感じの音楽の気分に。

 

 

 
東京の花売娘 - 佐藤千夜子
そっから更にディグる。 アイドルネッサンスの「お祭りマンボ」のカバー聞いて、50年代から60年代のリズムってなんだろうって考えてて掘り始めた。ゲルニカの源流みたいなのを探してる。
 
 
 
WHOOOO! - OZROSAURUS
フリースタイルダンジョンみててトラックからはまってしまった。オジロは通らなかったからちょーかっこいい。
 
 
 
 フィガロの結婚 - モーツァルト

なんか通りかかったらやってたからフラット入ったコンサートでやってたからハマってる。バイオリンって魔法。クラシックちゃんと聴きたい。
 
 
 
プカプカ - 西岡恭蔵

フォーク第二弾。超名曲。友達とフォークにはまってて色々聴いたけど結局これだ!って戻ってくる。

 

 

 
埠頭を渡る風 - 荒井由実

友達と人生で好きな曲30ってなんだ?って話してたら友達の1位はこれでした。自分の1位はなんだろう。考えてみよう。
 
 
 
 
 
 あとこれ。